実現!同窓会

以前、お伝えした高校3年の同窓会が先日実現しました!!
ゴールデンウィークの最中、およそ20人が集結。
私も仕事の合間を縫って、出席してきました。

場所は、大阪のなんばパークス内のレストランでした。
中に入ると、奥のテラス席に見慣れた顔がズラリ。
「どーも、どーも、遅くなりました」と言いながら座ると、私はある奇跡に気づいたのです。
何と、男性は6人の参加なのにテーブルに私の出席番号の前2人がいるではありませんか!
24番・Y井、25番・Y本、そして26番・湯浅。うん、間違いない。

嬉しかったですねえ。
5年ぶりの同窓会、今回は男性陣の出席率が低い中で、この奇跡!!
普通、並びませんよ。いや、並べられないですよ。
テンション上がりましたねえ。

ただ、マニアックデータすぎるので、とりあえず冷静さを装いながら、現状報告。
そして、久しぶりに会ったのですから、当然高校3年時の思い出話に話題は移ると思いきや・・・。

「おい、あの町田のファール、ホームランやろ!」
「お前、小山にえらい突っ込まれとったな!」
「福本の解説、やっぱりおもろいな!」

いきなりの阪神タイガース登場。
そうです、その日は阪神・広島戦のデーゲーム中継がありましたから、みんな見てくれていたのです。
それからというものの、今年の阪神とサンテレビボックス席の話題で持ちきり。
あまりにも熱中して、あっという間にお開きの時間になってしまいました。

今回は実に5年ぶりの同窓会でした。
短い時間ではありましたが、ホント楽しい時間を過ごすことができました。

前にも言いましたが、幹事をしてくれた友達には感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとう!また、やりましょうね!!

PS.それにしても、みんな放送よく見てるわ。
「小山が」「福本は」・・・、皆さんとりあえず「さん付け」はして下さい!!

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再会

アナウンサーの魅力の一つに「人との出会い」があります。 

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横山監督(右)と

それに“再び”という要素が加われば、感激もひとしお。
3月某日、私はある人と再会しました。

その人は、横山知彦さん。
新潟県・長岡向陵高校の教諭でサッカー部の監督でもあります。

私は隔年で高校サッカー全国大会・兵庫代表の初戦を実況していますが、前回担当したのが、「滝川第二高校VS長岡向陵高校」の試合。(2004年1月2日)
当然、両校の取材をしますので、横山監督との出会いは2年前の12月になります。

当時の長岡向陵は初出場。
「全国大会に出られた喜びよりも、この子達とお正月まで一緒にサッカーをできるのが幸せなんですよ。」
この言葉に代表されるように、“とにかく生徒自身を愛してやまない方”という横山監督の印象でした。
残念ながら、試合は滝川第二が3-0で勝利しましたが、公立校らしくひたむきにボールを追いかける姿は、本当に好感が持てました。

そして、去年、私は密かに長岡向陵に注目していました。
インターネットで新潟大会の動向もチェックし、できればまた全国大会で再会できればと思っていました。

ところが・・・、突然の新潟中越地震。
予選前日の夕方だったそうです。
「もうダメだと思った。部屋の端にあったタンスが、気付けば真ん中にあってゾッとした。」(横山監督)
幸いにも部屋の被害は大きくなかったそうですが、10日間ほど学校などでの避難生活を余儀なくされました。
当然、翌日の試合は延期に。

私はあの日、テレビでニュースを見て、真っ先に監督の事が頭に浮かびました。
すぐにでも電話をしたかった。
でも、阪神淡路大震災を大阪でとはいえ、経験している身。
大変な時に電話して迷惑になってしまったら・・・。やっぱりできませんでした。
「電話?意外とつながりましたよ。ただ、バッテリーがすぐなくなっちゃったんですよ。
 充電したくても、私だけじゃないし。ちょっと困りましたね。
 でも、避難所に行った時にまず確認されたのが
 1.ブレーカーを落としてきたか
 2.鍵をかけてきたか
 3.元栓を開いていないか
 この3点でした。
 ブレーカーはそのままにしてきちゃいましたけど、それ以外は貴重品も含めて対処してきた。阪神大震災の教訓は生かされたと思います。」

チームは2週間後に練習再開。ただ「正直言って、サッカーをしていていいのか毎日自問自答を繰り返す日々」だったそうです。
結局、準々決勝で東京学館新潟に1-6で敗れ、2年連続全国大会出場は夢に終わりました。

この直前、ある色紙が学校に届きました。
前年、対戦した滝川第二高校サッカー部からでした。
“地震に負けるな!”“頑張れ!!”など、激励の文字が所狭しと並んだ色紙。
「震災を経験した者として、とても他人事とは思えなかった。何か力になれないかと・・・」(滝川第二・黒田監督)
「ビックリした。見た瞬間、泣きそうになりました。ホント嬉しかった・・・」(横山監督)

こうして、両校は思わぬ災害で絆を深めていったのです。
この後も、お互いに千羽鶴を送りあったり、今年の全国大会に長岡向陵が埼玉・駒場まで応援に駆けつけたり。
そう言えば、初戦の星稜戦、黒田監督がイレブンにかけた最後の言葉は、「長岡も来てくれているよ」でした。

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滝二父母会のみなさん
おでんありがとうございました!

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夕食会での横山監督と黒田監督(右)

そして!!
この春、両校が1年半ぶりに相まみえることになりました。
滝川第二が長岡向陵を招待するという形で、学校に集結。

もっとも、横山監督の狙いは滝二と試合をすることよりも、むしろ“神戸の街”を肌で生徒と感じること。そこで、合間を縫って三宮からハーバーランド近辺を散策。
また、神戸・中央区にある「人と防災未来センター」にも行き、当時の阪神淡路大震災の状況を目の当たりにしました。

「長岡の街もこれから復興していかなければならない。だから“復興した神戸”を見たかった。やっぱり来てよかった。勇気付けられました。当時と現在を見られて、生徒にもダイレクトにいろんな事が伝わったと思います。」

私は横山監督と再会を果たしました。
ずっと、気になっていただけに会えて本当に嬉しかったです。
でも、会えた喜びと同時に宿題ももらいました。

震災から10年。
さらなる復興に向け、いったい自分に何ができるのか。
つまりは兵庫県民として、神戸市民としての責任。
アナウンサーとしてだけではなく、一人の人間としての責任。

これから自問自答しながら、また横山監督と話をしたいと思います。
できれば、高校サッカーの全国大会で・・・。

 

P.S. この詳しい模様は3月23日の「ニュースEyeランド」で放送されます。是非、ご覧下さい。

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今回は長いですよ~

私は子供の頃から高校野球ファンでよく甲子園に見に行っていました。
よくというか、春と夏必ず1回は観戦に訪れていました。
小学生の頃は父親に連れられて、中学生になってからは友達とです。
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1990年頃

先日、今年のセンバツ出場校が決定しましたが、
今回は1990年の大会について語りたいと思います。

今年の大会で愛媛県の新田高校が15年ぶりに出場します。
その15年前に出場したのが1990年。
二度のサヨナラ勝利で初出場ながら準優勝し、“ミラクル新田旋風”を巻き起こしました。
その二度目のサヨナラ勝利を果たした準決勝を、私は見に行ってたんです。

この大会の準決勝は二試合とも延長サヨナラゲームというすごい日でした。
当時私は高校一年生になる春。仲のよい友達と三人で見に行きました。
普段は外野席観戦が主でしたが、その日は一塁側のアルプススタンドへ。
というのも、近大附(現西武・犬伏が四番)・北陽(元近鉄・阪神の寺前がエース)の近畿勢しかも大阪代表二校が登場する日で、第一試合の近大附が一塁側だったからです。
その頃、大阪に住んでましたし、母校を応援するかのごとく気合を入れて球場に行きました。

そして、私の応援が効いたのか(?)、近大附は延長戦の末、勝ちました。
これで、北陽が勝てば“大阪決戦”になるという第二試合の相手が愛媛の新田でした。
当然、北陽を肩入れしようと意気込んでいたのですが、新田のユニフォームを見て一気に気が変わりました。
上下、アンダーシャツを含めて真っ白、何を隠そう、私の中学の野球部とソックリだったんです。ちょうど半年前に野球部を引退したところでしたから、何か自分たちの姿を見るような思いに・・・。
一塁側が新田サイドだし、第一試合で近大附が勝った余裕(!?)もあって、すぐに新田に心変わりしました。

そして、何とこの試合は17回まで突入!(当時の規定は18回まで)

複雑でした。横で疲れきった友達が寝てるし、ではなくて、“新田に勝たしてやりたい、でも延長18回引き分けという歴史的な試合の目撃者にもなりたい”という思い・・・。

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当時の雑誌を持って!

そんな気持ちが芽生えた頃でした。
「カキーン」!
ホンマええ音でした。
新田・池田選手の打球がレフトラッキーゾーンへ。
サヨナラホームランで決勝進出が決まりました。

興奮しました。隣で寝ていた友達も音で目が覚めたのか、3人総立ち。
カクテル光線に映し出された緑の芝生、ホームに集まる白いユニフォーム、そしてその中に飛び込んでいく池田選手・・・、今でも鮮明に覚えています。

結局この日は二試合あわせて30イニング!
第一試合開始が午前11時、第二試合終了が午後5時48分という長い一日も“3試合分見られて得した”とお腹いっぱいの気持ちで家路に着いたのでありました。

新田高校、今でも真っ白いユニフォームなのかなあ。
今大会、私の注目校のひとつです。

大会まであと1ヶ月余り、今年はどんなドラマが生まれるのか今から待ち遠しいです。

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今日のお昼は焼き肉定食

PS.
(1)兵庫県からは神戸国際大附と育英が出場します。ともに投手力もいいし、大いに本大会での活躍を期待しています。頑張れ!!

(2)私の後輩・I君の母校が21世紀枠の候補校に選ばれながらも、残念ながら出場ならず。
Iよ、夏がある!!

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同窓会

高校3年生・・・、今から遡ること13年前の1992年。
亀・新フィーバーで阪神躍進、バルセロナオリンピックの熱い夏、松井秀喜・伝説の5連続敬遠などいろいろスポーツ界でもあった年でした。

なぜ、急にそんな話をしたかというと、実はこの春、その高3のクラスで同窓会があるんです。
このクラスは過去2回、20歳・25歳の時に、みんなで集まったことがありました。
“少なくとも5年に一度は会おう”が合言葉でしたが、昨年は都合が合わず今年の開催となったわけです。

今回、男女一人ずつ幹事役がいて名簿作成などいろいろとしてくれています。
卒業して10年以上が経過しましたし、キチッと仕切る人間がいないと、同窓会って中々実現しませんよね。
阪神の今岡選手もかつて言っていました、高校生活の中で一番得たものは「仲間」だと。
すごくその気持ちが分かります。
彼らにはホント頭が下がる思いです。ありがとう!

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1月某日
お昼ごはん かきフライ定食
おいしかった!

何人かは最近も結婚式で会いましたが、ほとんど5年から10年近く会っていません。
みんなどういう感じになっているのか、すごく楽しみです。

一瞬にして13年前にタイムスリップするのか、それとも30歳なりの会話になるのか(子供の話など)・・・。

また、この日記で報告したいと思います。

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高校サッカー

少し話題が古くなりますが、今回は高校サッカーについてです。
鹿児島実業悲願の初単独優勝で幕を閉じた第84回全国選手権。
松澤総監督の涙は見ていて心にグッと来るものがありました。
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雪まみれの私
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雪まみれのメモ

私は例年通り12月29日から東京に行って、3日の3回戦まで主に埼玉・駒場スタジアムの中継に携わりました。

まずは大晦日の大雪について話しましょうか。
いやあ、すごかったですね!(写真参照)
東京で12月31日に大雪が降るのは、21年ぶりだったそうです。
その日は草津東(滋賀)と那覇西(沖縄)の応援席リポートを担当。
ある程度、天気予報で雪の情報は確認していましたので、上はセーターを3枚(コートもいつも“熱血!タイガース党”でお世話になっているエディーバウアーで事前に購入!)、下はジャージ2枚に黒のパンツと相当着込んでいきました。
しかし・・・、ほとんど機能を果たさず!
丁度、風向きが応援席の方向で真正面からまともに雪が向かってくる状態で取材メモも、にじんで何も見えなくなる始末。
ちょっと焦りましたねえ。
ただ、アルバイトの学生さんがハーフタイムの度にお茶を持ってきてくれたおかげで何とか乗り切ることができました。
埼玉から東京へ帰る途中も方々雪だらけ。
一生忘れられない大晦日になりました。

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滝川第二の小森コーチと国立で

年が明けて1月2日。この日は待ちに待った兵庫県代表・滝川第二高校の初戦。
私の担当は滝二のベンチリポートでした。
おととし・昨年とベスト4に入ったチーム、今回は黒田監督以下スタッフや選手、そして私自身もそれ以上、つまり優勝への手ごたえを持っていました。
が、石川県代表の星陵高校に3-4で惜敗・・・。
前評判の高い両チーム同士の試合だけに、ある程度接戦は予想していましたがホント悔しかったですね。
毎年、兵庫県代表として全国大会に出場するチームは心底応援しますから。
全部の試合を見たわけではありませんけど、“大会屈指の内容”だったと思います。
戦後初の兵庫県代表の優勝は幻に終わりましたが、それを滝二が果たすのか、それともライバル校が達成するのか、私もその夢を追い続けたいと思います。

年末・年始を通して、18歳という一回り下の高校生に力と元気をもらいました。
そのパワーを今年の自分の放送に絶対生かすぞ!!

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がんばれ受験生

大学入試センター試験が近づいてきました。(今週の15、16日)
私もかつて2回(!!)受けたんですよ。
1回目は鉛筆コロコロしたりして“何となく”という感じでしたが、2回目はさすがにプレッシャーもあって緊張しましたね。

今でも覚えているのが、上沼恵美子さんの一言。
朝の番組で「今日センター試験受ける人、寒いけど頑張ってきてね」と。
試験が終わった時、思いましたもんね。“テレビの力って大きい”と。
あの一言にメチャメチャ勇気付けられましたから。
だから今、アナウンサーという立場になっても“一言の重さ”というのは常に意識しています。

あと思い出すのは“プチ・ストレス解消法”かな。
受験生って、気が滅入る時が必ずあると思うんですよね。
私の場合はこのセンター試験の1~2週間前がピークでした。
そこで考えたのが、「ひとりカラオケ」。
2年目の直前は予備校には行かず家で勉強していましたから、誰もいない時間を見計らって歌うんですよ。もちろん家中の窓を閉め切って!
お気に入りは広瀬香美さんの「ロマンスの神様」。
ちょうど流行り出した頃で、それこそ毎日聴いて歌って踊って(!?)ました。
結構効果はありましたよ。“よっしゃ、今日も頑張るで!!”という気持ちになれましたからね。
10年以上経った今となってはそれもいい思い出のひとつです。

いろいろ書いてきましたが、受験生の皆さん、ホンマ頑張ってくださいね!できれば周りにいる人々への感謝も忘れずに。健闘を祈っています。

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お正月といえば・・・

年末・年始気ぜわしい時期になりましたが、いかがお過ごしですか。
今回は私の子供の頃のお正月について少しお話します。

新年の幕開けは食べ物、つまりはおせち料理とお雑煮。この二つからでした。
ただ、おせち料理が苦手だったんですよ。好き嫌いがわりとある方で、祝い箸の標的はすごく限られていましたね。黒豆・高野豆腐・かまぼこ・・・、食べるのはこのあたりばっかり。そのほか、えびのうま煮や数の子などはホンマ苦手でした。
一度5歳くらいの時かなあ、兄に数の子を“レモンの味をしたお菓子”と言われて、そのまま食べて一日泣き続けたことはありましたけど。

だから、小学生低学年までは、お正月があんまり楽しくなかったですよ。
嬉しかったのは、やっぱりお年玉かな。
あと、年に一度の大トランプ大会か!(負けてばかりでよく泣いてましたけど) 

ところが、突然小学4年生の時にお雑煮にハマりまして・・・。
両親はともに関西出身、お雑煮は“焼いていない丸餅で白味噌”というパターン。
具は、にんじんと大根が中心。
それまでも食べてたと思うんですけど、高学年になると同時に急においしく感じはじめて・・・。
それからは毎年一日5~6杯のペース。入っている餅も父の会社のもちつき大会で作ったものでそこそこのボリューム。それでも、飽きることなく毎日平らげてました。

ズバリお正月といえば、私は「お雑煮、それも白い丸餅入り」です。

PS.相変わらず、おせちはその後も苦手でしたけど、日頃家事に追われていた母親がゆっくり休めていたので、それはそれでよかったですけどね!

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クリスマスプレゼント

クリスマスが近づいてきました。
街を歩いていても、イルミネーション鮮やかです。

さて、クリスマスといえば、嬉しいのがプレゼント。
私も子供の頃は毎年この時期ワクワクしていました。

クリスマスや誕生日などの記念日のプレゼントって、その日に“もらいたい派”なんですよ。だから、それ以前に受け取るのは論外。後にもらう方がまだマシです。
でも、私の両親は買ったらすぐ子供に渡したかったみたいで、「まだあと~日あるから要らない!!」と毎年言っていました。

プレゼントはファミコンのカセットが多かったですね。
小学3年のときに丁度ファミコンが発売されましたから。
5年生で「スーパーマリオブラザーズ」が大ブーム、時代背景からいって必然的にそうなりますよね。

スーパーマリオはメチャクチャ流行しました。筆ばこや鉛筆など筆記用具が全部マリオグッズという友達も結構いましたもん。
買ってもらいたくて、近くのおもちゃ屋さんに毎日あの“黄色いカセット”があるか見に行ってました。(ブームの頃は店頭で拝むことは一度もなかった・・・)
結局、友達が何人も8-4をクリアした後に借りて、私もようやく楽しめた思い出があります。

昔の事を思い出したら、クリスマスの良さを再確認できました・・・。
何かお家に帰って「チキンライス」聴きたくなってきたぞ!

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ビリヤード

結構好きですね。
ここ1年くらいごぶさたですけど、高校時代から友達とよく遊んでいました。
社会人になってから、三宮でよくしますよ。
多いときは週に一回は必ず行っていました。
行きつけというほど常連ではありませんが、よく行く店も二件ほどあります。
決して、上手くはありませんよ。
ごくたまに衛星放送で番組を見ますが、あのレベルからですと天と地ほどの差があります。
だけど、とにかく好きなんです。

するのは、ナインボール(9番を先に落とした人が勝つ方式)が多いですね。
同じレベルの人間とするとこれがまたおもしろい。
最後の最後までどちらが勝つか分からない独特の緊張感は、最高です。
時間が経つのを忘れます。

飲み物はトマトジュースを必ず注文します。
トマトジュースの話はいずれまた別の機会にこのコラムでしたいと思いますが、
勝負に燃えるために赤いソフトドリンクは欠かせません。

性格上、わりと負けず嫌いなんですよね。
真剣になります。
遊びであって遊びじゃない、それが私の趣味・ビリヤードです。

ただ、真剣になり過ぎるあまり、ひとつひとつのプレーにリアクションが大きくなります。
また声が大きいんですよ!
周りのお客さんに白い眼で見られることなんてしょっちゅうです。

30歳になりましたし、これからは冷静に・・・、できないでしょうね(笑)

ところで、先日阪神の福原投手と番組の企画でビリヤードをしてきました。
選手とするのはもちろん初めてで、何より久しぶりでしたから緊張しましたが、これがまた白熱した勝負となり・・・。
詳しい模様は12月17日の「熱血!タイガース党」で!!

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おすすめソング

今回は先週予告した「冬のおすすめソング」を紹介します。
といっても、冬の歌は山ほどあるわけで・・・。
一曲に絞るのは相当難しいです。
私自身が持つ冬のイメージということで、選んでみました。
それは、「見上げてごらん 夜の星を」です。
原曲ももちろんいいんですが、私のオススメは平井堅さんと坂本九さんのコラボです。
(平井堅<Ken´s Bar>収録)

初めて聴いたのは、去年の紅白。場所は東京のホテル。
ちょうど、2日後に控えた高校サッカー中継の準備をしていた時でした。
とりあえず、無音だと何となく落ち着かなくて、テレビをつけていたんです。
少し資料整理が煮詰まりつつあった状況で、歌は流れてきました。
「平井堅、今年はこれを歌うんや・・・」
最初はそれくらいのイメージでしたが、しばらくすると坂本九さんの声が!
そのあと手はすっかり止まり、二人のバーチャルデュエットに釘付けになりました。
去年は阪神が優勝してすごく特別な年でしたが、一年間の自分自身の出来事が
一瞬で脳裏に甦ったんですよねえ。
感動しました。

「よしやるぞ!」
この曲が終わったあと、仕事がはかどったのは言うまでもありません。

当然今年になって、すぐにCDも買いました。

曲の中に季節を思わせる詞はありませんが、私はこの曲を聴くと冬、もっといえば
去年の冬をすぐに思い出します。
「夜の星を~」というフレーズが特に好きなんですが、
その“夜”は、去年のおおみそか。
そう、素晴らしい曲に出会えたあの夜、です。

まだ知らないという方、是非一度聴いてみてください!

PS.今年はどんな曲と出会えるのか、今ワクワクしています・・・。

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