関西学院高ラグビー部~主将ストーリー~

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2023年11月18日。
「バタッ」
放送席でヘッドセットを装着していても、その音は聞こえた気がした。
視線をやると、関西学院高等部ラグビー部主将・木山鉄平はフィールドに倒れていた。

「最後だからやるしかないんですよ!」
決勝前に語っていた彼の優しい表情が、思わず脳裏に浮かんだ。

遡ること、約7か月前―。
前年度、ラストワンプレーからの逆転負けで花園行きを逃した関西学院は、雪辱を果たそうと
例年以上に“打倒・報徳”に燃えていた。

その中心にいたのが、スタンドオフとして攻守の要を務める木山主将だった。
新人戦で報徳学園に敗れたものの、春の選抜大会に出場。
チームとしての手ごたえを感じていた4月11日、彼を試練が襲う。

「ボキッ」
聞いたのことのない音が、練習中の木山主将の全身に響き渡った。
ちょうど、スクラムハーフへ挑戦しようと思っていたところだった。
「痛くもなくて、ただ、立てなくて。何が起こったんやろという感じでした」
診断結果は、「左ひざ前十時靭帯断裂」。
「実感はなかったですね。そうなんや・・・という気持ちでした。何せ、足のケガと言えば、軽いねん挫くらいしかしてこなかったですから」
約2週間後、人生初の手術。夏の県民大会は、報徳学園に完敗。
「花園予選には間に合わせて、絶対、報徳に勝つ!」
外から見つめるしかない自分への腹立たしさをリハビリへの原動力に変え、ひたすら、復帰に向け、汗を流した。

10月22日、練習試合で実戦復帰。
「よっしゃ、間に合う、行ける!」
あとは、前に進んでいく・・・はずだった。

しかし、そこには残酷なシナリオが用意されていた。
その12日後、練習でボールを蹴ったあと、気付けば、崩れ落ちていく自分がいた。

「その時は、結構、歩けたんです。崩れた瞬間は同じ感覚でしたが、歩けているから、前回よりはマシちゃうかと」
淡い期待だった。
医師から告げられたのは、またもや「左ひざ前十時靭帯断裂」。

「やっぱりダメで・・・。でも、割と、わざと自分でもネガティブに考えないようにしていて、客観的に考えるようにしていて、
もう最後やし、やるしかないよなって、自分で言い聞かせました」

ただ、気持ちで症状が改善されるようなケガではない。
大学でもラグビーを続ける意向を持っており、周囲からも「よく考えるように」と促された。
一度、冷静になって考えた。
起用を直前まで迷っていた安藤昌宏監督は「アカンってなったらすぐ代えるからな。足を引きずってまで出すことはないぞ」と厳しいゲキを飛ばしながらも、密かに大学の監督にも相談してくれた。
現役時代、同じスタンドオフのポジションだった父・洋さんは「後悔ないように、やるしかないやろ」と迷いを消してくれた。
医師も「これより、悪くなることは考えにくいから、最後の大会、出し切っておいで」と背中を押してくれた。
覚悟は決まった。

父の影響でラグビーボールに最初に触れたのは、4歳の頃。
「最初は強制的だったと思います(笑)でも、小学生になると、どんどん楕円球を追いかけるのが楽しくなって・・・」

第95回全国高校ラグビー大会が、当時小学4年生の木山少年の運命を決定づける。
関西学院が茗渓学園やシード校の国学院久我山といった伝統校を破り、全国ベスト8入りを果たした大会。
花園で、選手全員がひたむきに体を張る姿、プレー以外の面でも礼儀正しく行動する姿に、視線は釘付けになった。
「本当に心打たれたんです。僕も、ここでラグビーをやりたい!
そう思ったことは、今でもハッキリ覚えています」
夢が見つかった瞬間だった。

関西学院は、近年、3年生全員で漢字一文字のチームテーマを決めている。
2023年度は「執」。

「タックルなどプレー一つ一つへの“執”着。もちろん、花園への“執”念。色んな意味があります。
こじつけになりますが、“幸”に“丸”って書くじゃないですか。一つになって花園に幸せを掴みに行こうという意味も含まれているんです」

花園への大一番に向け、自身の高校ラグビーへの“執”念という意味も付け加えられた。

決勝戦当日―。強風吹き荒れるユニバー記念補助競技場。
テーピングを何重にもして、木山主将は、戻ってきた。
しかし、前半、風下に立った関西学院は、苦戦を強いられる。
キックも風に押し戻され、中々、陣地を獲得できない。
報徳学園は、高校日本代表候補の菊川迪主将のキックパスなど、冷静な判断が随所に見られ、
前半を21-0とリードして折り返す。

私は、実況席にいて、テーピングを何重にもしている木山主将が30分、
普通にプレーできていることに驚きを隠せなかった。
「何とか、足が持ってほしい」
そう祈りながら、後半の実況に備えた。

しかしー。
冒頭に記した音とともに、後半6分、無念の途中交代。
関西学院の反撃も後半1トライに留まり、報徳学園の3連覇が決まった。
木山鉄平の高校ラグビーは、出場時間36分で終わりを告げた。

明けて、2024年―。
全国大会は、桐蔭学園の優勝で幕を閉じ、すでに各チーム、新チームの始動を迎えている。
もちろん、関西学院も。

新たなチームのテーマは、「向」に決まった。
「向上心を持つ」「向来(過ぎた過去)の悔しさを忘れず」などの意味が込められている。

「やはり、あの木山鉄平の姿を見てますから。
主将としての責任を全うしてくれた、体現してくれた、そして本当に最後まで頑張ってくれた姿を。
新年度のテーマには、木山鉄平の背中に“向かっていく”という意味もあると思います」と
安藤監督は嬉しそうに語ってくれた。

決勝のフィールド上で、ベンチの中で、木山鉄平の思いを感じた選手は、数多く、チームに残る。
前主将の執念を体に染みこませた後輩たちは、新たな歴史に向かっていく。

そして、昨年12月、2度目の手術が無事終わった木山自身も、現在、再びリハビリと向き合っている。
新たなステージでの復帰を夢見て・・・。

(湯浅明彦)

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