阪神淡路大震災から31年 あの日の記憶を「つむぐ」 各地で静かな祈り

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6434人が亡くなり、3人が行方不明となった阪神淡路大震災から17日で31年です。

神戸市中央区の東遊園地では、追悼行事「1.17のつどい」が営まれました。

会場には、竹や紙でできた灯籠約4000本で「つむぐ1.17」の文字が形作られ、明かりが灯されました。

【教え子を亡くした男性】

「年賀状で『先生 ことし成人式を迎えます』って頂いた 2日後に亡くなって 心が痛みました」

【祖父母を亡くした男性】

「いろいろ教えてもらったことを思い返しながら『みんな元気にやっているよ』と (今の自分を)見てくれていると思いながら日々過ごすようにしています」

【親友を亡くした女性】

「元気いっぱいで よく一緒に遊びました 友達を忘れたくないなという気持ちが強い」

【須磨区で被災した夫婦】

「31年あっという間で早かった あの日のことは今でも覚えているのでみんなで協力して乗り越えてきた」

【父を亡くした男性】

「父に『薬剤師になったらどうや』と言われて死んだときにおやじの夢一つくらい叶えてやろうかと思って薬科大学に入って今薬剤師をしています 今の自分があるのはおやじのおかげ」

地震発生時刻の午前5時46分。

集まった約1万1000人が犠牲者の冥福を祈りました。

神戸市の追悼の集いには、佐藤悦子さんが遺族代表として参加し、行方不明となっている母の正子さんに語り掛けるように31年間の思いを述べました。

【母・正子さんが行方不明 佐藤悦子さん】

「お母ちゃんどこにおるん もう31年会えてないよ お母ちゃんと私はさようならのない別れ 家族を探し続ける日々があり 今も大切な人に会いたいと思い続けている人がいること知ってもらいたいよね」

震災による地滑りで34人が亡くなった西宮市仁川百合野町でも地震発生時刻に合わせて祈りがささげられました。

【知人3人を亡くした女性】

「本当に安らかにという思いですね あの時の姿しか分からないですけど多分どこかで見てくれているかなと」

【同級生2人を亡くした女性】

「近くにいながら何もできなかったのは今でも本当に後悔している 助けてあげられなかった」

震源となった「野島断層」が保存されている淡路市の北淡震災記念公園では、淡路島で亡くなった人の数と同じ63個の灯籠を池に浮かべて亡き人をしのびました。

芦屋市の西法寺では被災者たちに温かい風呂を提供したドラム缶 2代目「追悼之鐘」が鎮魂の音を響かせました。

【西法寺 上原大信住職】

「この寺は震災とともに歩んできた ドラム缶の鐘は一つの象徴的なものでもある 古いものはどんどん朽ちていくが、新しいものに替えることによって新しい方々に震災のことや命の尊さや大切さを伝えていきたい」

芦屋市の精道小学校では、犠牲となった児童8人と保護者6人、それに入学するはずだった15人の幼い子どもたちを悼みました。

芦屋市で教諭として教壇に立つ高光愛恵さん。2歳で亡くなった兄・大地さんの生きた証を伝えるため、経験していない震災について語っています。

【震災で兄を亡くした 高光愛恵さん】

「私は1996年の1月に生まれたため震災は経験していません 今この精道小学校に通っている皆さんと同じです 6434人の中の一人が私の兄であること たった2歳で人生を終えたこと 震災で亡くなった方々の分だけその人のことを大切に思う人たちがその癒えることのない悲しみとともに生きていることと思います」

神戸市中央区の人と防災未来センター前では兵庫県主催の「ひょうご安全の日のつどい」が開かれ、「しあわせ運べるように」が合唱されました。

阪神淡路大震災から31年。

あの日の記憶をつむぎ、あすへ。

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