当コラムは例によってネタバレ全開につき読者各位におかれましてはご注意のほどよろしくお願い申し上げたし、というわけで勧告の義務は果たしたものとするー。
新春初笑い・タカラヅカ新喜劇爆誕! という感じであった。
ファンの中で呼び慣わされるトンチキ枠とはまた違うジャンルに思われる。登場人物が皆やみくもにチャーミングで悪人が一人も出てこない。いや、ギャングや会社乗っ取りを企む欲深オジサンとかは登場するのだが、これが吉本新喜劇的なベッタベタの「わるもん」なんである。池乃めだかとか辻本茂雄とか帯谷孝史とかああいう系列のギャグ担当憎めない系。
登場人物もこんなベタベタな繋がり方ある!? という感じでご都合ピタゴラスイッチ的に繋がっていくが、いやもうこれはこういうものとして楽しむべきだ。そしてこういうジャンルといえば吉本新喜劇だろう。コテコテお笑い下町人情もの、このパッケージのタカラヅカ版という手法には意表を衝かれた。
これ、同じパッケージの作品をいくつか作ったらタカラヅカ新喜劇というジャンルが定着しそうである、ていうかしてほしい。
このシリーズで必ずやる定番ギャグをいくつか作れたら完璧だ。めだか師匠のネクタイネタや猫ネタ、帯谷師匠の鼻ポット、あるいはご町内さんの一発ギャグでもいい。「おいでやしておくれやしてごめんやっしゃ~」みたいなやつで格調高いやつ(矛盾)。タカラジェンヌの操るお約束一発ギャグ、私はめちゃくちゃ見たい。
コテコテで楽しくておなかを抱えて笑って、でも最後はほろりと泣かせてハッピーエンド。これ定期的に観られたらいいなぁ、すっごく微笑ましくて幸せだなぁ。
さて、本作は宝塚歌劇団きっての乗り物マニアで武器マニアである大野拓史の作品である。近くは月組『ゴールデン・リバティ』で巨大な蒸気機関車を走らせ、ガンマンを演じるタカラジェンヌたちに自前のモデルガンでキャラ付けをしたという逸話が有名だ。
今回はクラシックバイクのARIELにベスパ、クラシックカーの三点セットだ。
60’UKカルチャーを題材に採った物語は、当時の労働者階級の若者たちの二大文化であったモッズとロッカーズの対立をベースに資産家の令嬢との甘やかな恋を(新喜劇風味で)描く。なお、舞台となるブライトンは実際にモッズとロッカーズの大規模抗争があった都市だ。
冒頭はブライトンで歴史あるホーンパイプのダンス大会から始まる。そこに現れたのはモッズのリーダーであるアレックス・ニュートン・ジョン(暁千星)とロッカーズのリーダーであるレスリー・ヤング(瑠風輝)。それぞれに仲間を連れてダンス対決――のはずが、何の拍子か乱闘騒ぎになって警察に囲まれる。青年たちは散り散りに逃げ出し、そんな中でアレックスは愛車のベスパで警察を振り切ろうとして高級ホテル〝ハーヴァー・インターナショナル〟のロビーに突っ込んでしまう。自慢のベスパも大破し満身創痍。救護するホテルマンたちに名前を問い質され「アレックス・ニュートン……」ジョンまで言い切らずに敢えなく気絶。
なお、そのホテルでは社長であるドロシー・ブラックウェル(万里柚美)の孫娘シンシア(詩ちづる)が後継者に指名されて婚約が決まり、一族は婚約者の到着を待ちわびていた。
バイタリティあふれるドロシーがなぜ突然の引退を決めたかといえば、実は余命が一年しかなく、今のうちにしっかりした後継者を指名しておかないと無能者の次男ゴードンが後を継いでしまうので三人の孫から適格者を選んだ次第。
わずかな余命に弱気になっているドロシーはセンチメンタルの風に吹かれ、ついでに若かりし日の恋の思い出もシンシアに託すことを決意。天文学を学んでいた学生時代のっぴきならない事情で別れた恋人の孫と自分の孫を結婚させて我がホテルグループを継がせたい、あの日引き裂かれた自分たちの代わりに……
そのかつての恋人の孫にしてシンシアの婚約者となった青年の名が正にアレックス・ニュートン!
そうか君こそが我々の待っていたシンシアの婚約者アレックスなのかと経営者一族はアレックスを手厚く看護する。(ピタゴラ♪ スイッチ♪)
一方で街なかを逃走していたレスリーはサッカーのユニフォームを着た呑気な青年を行き合う。成り行きで警官隊とロッカーズの衝突に巻き込まれた青年が警官に素性を問い質されて名乗るに「アレックス!」(アレックス・ニュートン:大希颯)その声を聞いたレスリー発奮歩いて10分、アレックスのやつドジ踏みやがって、ここは年上の俺が助けてやらなくてはとアレックスを連れて逃走!(ピタゴラ♪ スイッチ♪)
逃げ延びてからアレックス違いに気づいたレスリー、旅行者だというアレックスにあばよと別れを告げて立ち去ろうとするが、アレックスときたらサッカー賭博でスッテンテンでホテルに泊まる金もないという。実は面倒見のいいお人好しアニキであったレスリー、じゃあ俺が働いてる遊園地に来な、仕事を紹介してやるとアレックスを保護。(ピタゴラ♪ スイッチ♪)
「畜生、見失った!」と焦るのはその真・アレックスを追っていたギャングのカイト(鳳真斗愛)。
実はシンシアの叔父ゴードン夫妻に雇われていたこのカイト、真・アレックスをゴードンの元へ連れていく手筈となっていた。(ピタゴラ♪ スイッチ♪)
どうしても社長になりたいゴードンは祖母が指定した婚約者アレックスをいち早く探し出し、シンシアと結婚した後に後継者を辞退するよう言い含めて大金を渡していたのである。サッカー賭博で借金を抱えていたアレックスはほいほい承諾、アホの子とアホの子のとんちんかんなマリアージュ、果たしてその行く末は?(ピタゴラ♪ スイッチ♪)
一方、ジョンが付くアレックスはホテルの支配人室に滞在中。部屋には古いスポーツカーが飾られている。その支配人室に休憩に来たメイドたちの会話や後のシンシアの話から事情が窺える。
そのスポーツカーは草レースの事故で亡くなったシンシアの父が乗っていたもので、形見として飾っているが車を見ると息子の事故を思い出す&働き者なのでいつもオフィスいる社長は滅多にここに立ち寄らないという。
部屋の中に車が鎮座しているのは本来おかしいということをすっかり忘れていた、『ゴールデン・リバティ』で砂浜に汽車を走らせた大野先生ならインテリアとして部屋に車を飾るくらい当たり前だろうとスルーしてしまうところだった。
その車が急に動き出し、運転席からぬぅっとアレックスが起き上がる。悲鳴を上げるメイドたち。アレックスが暇つぶしに車をあちこちいじっていたのだ。
そこへアレックスの様子を見にきたシンシアとクラーク・ミラー医師、二人ともこの車が動くなんてと驚きの様子。実は古いカメラがエンジンの中に落っこちており、それが排気を邪魔していたことを明かすアレックス。
するとシンシアの目が輝く。「あなたメカニックなの!?」
実はシンシアはカート・レースのランキングに入るほどの腕前を持つレーサーだったのだ! ていうか資産家の令嬢が腕っこきのレーサーとか新谷かおるヒロインかよ四輪版『ふたり鷹』かよ好き!!!!! はいごめんなさいセンセイ今ほとんどの宝塚ファン(特に若い世代)に意味不明な話をしました、でもきっと大野先生は知っていますメカニカルなマニアの話を書かせると天下一品のベテラン漫画家さんです。大野先生いつか『エリア88』を宝塚でやってください、やれるのはあなたしかいませんお願いします掘り起こしましょ昔の名作。
レースの話で盛り上がり、応援してくれるアレックスにシンシアちゃん勢いよくフォールインラブ。KA・WA・I・I!
ところで突然のカミングアウトだが、私は『記憶にございません』のBlu-rayを詩ちずる演じる秘書官の「エンジョイ♥」のために買ったと言っても過言ではなく、『阿修羅城の瞳』は桜姫の「愛は鉄砲♥」のために買ったと言っても過言ではない女。「エンジョイ♥」は公演後もしばらく友人の間で流行語になっていた。
資産家の令嬢でレーサーでランキング上位、このオタク心をくすぐるヒロインを詩ちずるが演じる、これにメロメロにならないわけがあろうか、いやあるわけがない(反語)。
KAWAIIは正義ビッグラブ。
そんで男性側がメカニックって辺りもそそりますねよろしくメカドック。チューン、チューンナップ・よろしく俺にチューンナップ♪ はいセンセイまたほとんどの宝塚ファンを振り落とす話をしましたが大野先生は知ってるはずですあったんですよ昔ジャンプ漫画で車のメカニックが主人公の作品が。それまで車で主人公といえばレーサーだったのに敢えてのメカニックというのが実に先進的だった次原隆二作品です。あ、すみませんそろそろ本題に戻ります。
彼女がレーサー、彼氏がメカニックという設定が実にイマドキで素敵である。21世紀の現代ではついに女性の戦闘機パイロットまで誕生している。
しかし作中の時代は1960年代、まだまだ女性が自由に羽ばたくには枷があった頃だ。
シンシアはレーサーとして羽ばたけるのか、アレックスはメカニックとしてシンシアに寄り添うことができるのか。余命わずかな割にパワフルな祖母ドロシーはシンシアのレース活動に猛反対の立場である。
さて、シンシアが盛大に恋にドボンした傍らで仕立屋夫婦が婚約披露のためのアレックスの衣装合わせにやってきた。寸法は測ってあるはずなのに出来上がった衣装はサイズが合わない。おかしいなと首を傾げる仕立屋は実はアレックスの先輩エース(ひろ香裕)だったのだ!(まだまだ♪ 続くよ♪ ピタゴラ♪ スイッチ♪)
エースの話でアレックス違いが判明し、黙ってホテルを立ち去るアレックス。シンシアを結果的に騙してしまったことは心残りだが、元々住む世界が違うふたりだ。
ブライトンの下町へ戻ると、弟分のロビン(天飛華音)やバート(稀惺かずと)をはじめモッズの仲間たちも無事に警察から逃げ延びていた。
お互いの逃走を報告しあっている途中、アレックスはカスタムしまくったベスパを事故でおしゃかにしてしまったことを思い出す。
「じゃあアニキもバイトしましょうよ」とロビンが誘う。何やら人捜しで景気よくバイト代を弾む奴がいるという話(その尋ね人が真・アレックス、ピタゴラ♪ スイッチ♪)。
しかし乗り気になれないアレックスはその場を立ち去る……と、そこへ現れたのはシンシアの兄・ティモシー(碧海さりお)だ。
アレックスとエースの会話を立ち聞きしていたティモシーは、アレックスが人違いだと知った上で王立天文台で開催される明日のパーティーまで婚約者のふりをするように頼み込む。
祖母と同じく天文学を学んでいるティモシーは、王立天文台の研究者として内定が出たばかり。ホテル経営なんかに関わりたくないのでつつがなくシンシアに後を継いでほしいのだが、ここで婚約者が人違いとなったら自分にお鉢が回ってくるかもしれない。だから自分の就任が発表されるまでは婚約者になりすましてくれと修理中のベスパを人質に取る。
何という無邪気で屈託のないエゴイスト。妹に面倒を押しつけて悪びれもしない。しかしシンシアとKAWAII遺伝子は共通なのでチャーミングで困る。
シンシアを騙すのは気が進まないながら、ベスパを返してもらうために承諾するアレックス。
シンシアはすっかりアレックスにメロメロである。祖母に強引に決められた婚約者が自分のレースを応援してくれるメカニック、しかも長身イケメンだったのだから当然だ。だがシンシアが思ってくれればくれるほどアレックスの罪悪感は募る。
パーティーの席でアレックスは天文台の所長ピート・ダグラス(朝水りょう)を紹介される。ダグラスは実は元レーサーで、師匠としてシンシアのレース活動を手助けしており、シンシアの愛車トライアンフを天文台で預かってくれている。更にはシンシアの父とレース仲間でもあった。(設定♪ モリモリ♪ ピタゴラ♪ スイッチ♪)
メカニック志望のアレックスはダグラスと会えて大感動。シンシアはレースを続けるべきだと主張し、それに勇気づけられたシンシアは反対する祖母を振り切ってアレックスと共にトライアンフに乗ってパーティーから脱走する。
向かった夜の遊園地でシンシアの父の事故の話を聞き、何故かアレックスの顔は曇る……
その後、様々なピタゴラスイッチを経て出会うはずのなかった階級違いの二人が惹かれ合って行く。
やがてアレックスが偽物だったことを知って茫然自失となったシンシアが自分自身を見失い、流されるままに真・アレックスとの結婚を承諾してしまうのだが、祖母ドロシーは結婚を押しつけていたくせに心配になってしまう。
レースに懸けるシンシアと、天文学に懸けた若かりし日の自分を重ね合わせ、ドロシーは思い出す。夫を失ったとき潔く学問から身を引くことができたのは、自分が天文学をやり切ったからだと――
個人的な話で恐縮だが、私も同じだった。
小説家になる夢を持っていた私は、投稿活動が上手く行かずに一度夢を諦めた。
正確には、コンテストに応募する度に最終選考など惜しいところまでは行くのだが、それ以上の結果が出せなかったのだ。
就職活動などの現実が迫ってきて、自分はここまでの人間だったのだと先回りして小賢しく諦めようとした。だが、小賢しく諦めようとした夢は、十年経っても心の中を澱のように濁らせていた。
やり切らなかったからである。
もっと続けていたら小説家になれたかもしれない、だって惜しいところまでは行けたのだから。自分は小説家に「なれなかった」のではなく「ならなかった」のだ――そんな小賢しい留保で逃げた私を夢は許してくれなかった。
当たって砕けてからでないと夢は人を解放してはくれないのだ。
当たって砕けるために一本の小説を書き上げた。この小説でデビューできなかったら、もう悔いはない。そんな思いでコンテストに応募した。
だから、デビューできてもできなくても、応募した時点で私にとってはもうどっちでもよかったのだ。自分がやり切ったと思えるために書いたのだから。私は自分の夢に自分でとどめを刺しに行ったのだ。
結果的に『塩の街』というその小説がデビュー作になった。だが、デビューできてもできなくても、本当にどっちでもよかった。
そう思えるところまで自分を追い込めたことが私の誇りだ。
夢を小賢しく諦めるな。当たって砕けろ、自分で夢にとどめを刺せ。
小説家になりたいという若い人に私がよくする話である。夢が叶うかどうかではなく、夢が叶わなかったときに夢の亡霊に取り憑かれないことのほうが人生においては重要だからだ。やり切れば亡霊が付け入る隙はない。
宝塚音楽学校に挑む人もそうではないだろうか。究極的には合格するかどうかより、自分が夢に向き合い切ったかどうかなのだと思う。
合格者はわずか40名と聞く。しかし、その40名に漏れた人も、やり切ったのなら新たな人生の目標へ向かえるはずだ。
そして合格者は、夢破れた人の分までタカラヅカ人生を戦うのだろう。いつか卒業したとき、悔いなく次の人生に向かえるように。かつて戦った人たちと同じ社会に回帰して生き抜くために。
暁千星と詩ちづるのお披露目公演である。しかし、この公演で夢にピリオドを打つ人もいる。蒼舞咲歩がそうだ。
ギャラクシーレビュー『DYNAMIC NOVA』では、稲葉太地が餞の場面を作っていた。温かい演出だった。
寂しいが、やり切ったから去るのだろう。『ダンサ・セレナータ』ではヒロインの兄の役が光っていた。
トップコンビはタカラヅカを目指した全ての人の思いを背負ってその場所に立っている。
そして、そんなトップコンビを支える組子たちがいる。彼らは一丸となってタカラヅカという夢を紡ぐ。
「夢をやり切れ」というテーマをお披露目公演に書き下ろした大人の真心が胸を打つ『恋する天動説』である。
