『侍タイムスリッパー』(月組/東京建物 Brillia HALL 箕面)を観たヨー

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当コラムは例によってネタバレ全開につき読者各位におかれましてはご注意のほどよろしくお願い申し上げたし。

 月組・鳳月杏で『侍タイムスリッパー』、天才の所業か……!? 思いついたのは誰ですか一歩前に出てください、金メダルを差し上げます。

 映画は単館上映が口コミで伸びて全国的大ヒットを遂げ、映画ファンを熱狂させた。私も友人の熱烈な勧めを受けて梅田の映画館に観に行ったが、帰りはエレベーターが大混雑で満員を三回待ったくらいに大入り満員であった。

 

 ご存じの方も多いと思うが、物語は幕末の時代から会津藩士・高坂新左衛門がタイムスリップして現代へ、そして京都太秦の時代劇撮影所に紛れ込み、エキストラのお侍と間違えられてすったもんだという筋立て。

 映画のキャスティングはいわゆる大作映画で主役を張るようなスターではなく、脇を固める渋いバイプレイヤーが勢揃いという陣容。

 

 映画ファンの知人は「いつもは脚光を浴びない縁の下の力持ち的なキャストを集めたところに含蓄がある映画なのに、キラキラのトップスターを戴くスターシステムが売りの宝塚で舞台化したらテーマが変わってしまって高坂が『主役スター』的な話になってしまうのでは?」と心配していたが、ふふふ月組トップスター鳳月杏を舐めてもらっては困る。

 

 できるんやであの人は。モブに徹する地味なオジサンが。

 

 奇しくも過去に同じ月組で上演された同じ映画制作の物語『今夜、ロマンス劇場で』にて見せつけたコテコテにくどい昭和銀幕スター・俊藤龍之介の特濃豚骨スープのようなギラギラオーラを完全に封印し、ひたすら朴訥で実直で奥ゆかしいオジサンのおかしみ哀しみが胸に迫る好演であった。

 もちろんトップスターたる華やかなルックスを封印することはできないのだが、纏うオーラを変えることで「よく見ると地味にイケメン」という塩梅に美貌を調整することさえ可能とするのが鳳月杏なのであった(聞くところによると股下5mとも讃えられる足の長さだけは衣装によって「胴長」補正してあったという)。

 

 そして私は今まで鳳月さんのベストアクトは映画版の北村一輝にも引けを取らぬ濃さを見せつけた俊藤龍之介だったのだが、これからはもう断然に高坂新左衛門である。個人的に大好物なんである、こういうよく見ると地味にイケメン系の実直なオジサンが! タカラヅカでこういう地味系イケメン真面目オジサンを堪能させてもらえる日が来ようとは! おいおいこれは私に都合のいい夢か!?

 武士の内面のまま現代にタイムスリップしたオジサンがやはり地味かわいい(というにはこちらは華やかさが大盛りだったが)一生懸命メガネ女子・優子殿(天紫珠李)に地味にときめいていく姿、やはり私に都合のいい夢すぎる。

 

 オジサンだからいいんですよ! これが沖田総司みたいな若いイケメン剣士の概念みたいなキャラだったら台無しです! オジサンなればこその引け目や含羞が密やかな想いに山椒のように利くのです! シナモンとかバジルとかローズマリーとか横文字スパイスは引っ込んでろ、俺は山椒に用がある! 英訳してさえジャパニーズペッパーのジャパン・イズ・ワビサビスパイスの貴様にだ!

 

 新左衛門と同じ条件で現代にタイムスリップしていた風見恭一郎(風間柚乃)が新左衛門の三十年前に飛ばされているのもライトSFの中にしっかり小技が利いている。そのタイムラグで俳優として成功を収めているという展開には映画のときも膝を打った。

 

 そしてこの風間柚乃が上手い! 幕末で気鋭の青年志士であったところを再登場したときには恐らく新左衛門より年上になっている年輪をその佇まいだけで現している。

 一幕ラスト、時代劇上がりのスター俳優として登場した後ろ姿だけで劇場内が笑いに包まれたあの仕草も板に付きすぎていて脱帽だ。あなたも三十年くらい年をごまかしていませんかと思うことが度々ありますマジで。

 

 現代で市販のショートケーキを噛みしめ、「誰もがこのような美味い菓子を食べられる、日本はいい国になったのですな」と涙ぐみ、初めてTVで見た時代劇に無我夢中になる新左衛門は、西経寺に下宿しながら殺陣を専門とするエキストラ事務所・剣心会に所属し、斬られ役として生計を立てていく。

 風見主演の大作時代劇の敵役に抜擢されるも、故郷会津藩の歴史を知って新左衛門は深刻なスランプに陥ってしまう。

 映画では登場しなかった白虎隊を歴史の振り返りに投入したのは秀逸であった。いたいけな年端もいかぬ少年たちの純朴な使命感、そして敗走の痛ましさは、まだ初々しい下級生たちをキャスティングすることで限りなくリアルな悲痛になり、この歴史を後から知った新左衛門を打ちのめすに充分すぎる衝撃を持っていた。

 

 やがてどうにか現場に姿を現した新左衛門は、最大の見せ場である殺陣で真剣による死合いを密かに風見に申し入れる……

 この死合いの場面が凄まじかった。効果音は玉砂利を踏む音まで入っているのだ、その踏み込むタイミングまでも完璧に合わせ、本人たちの刀はもちろん寸止め。竹光が噛み合う打撃音など一切聞こえない。呼吸すら憚られるほど張り詰めた空気は正に命の取り合いをしているがごとき。

 映画は時代劇の、殺陣の真髄を描き切ったが、舞台もその真髄を堂々と魅せ切った。

 

 と思いきや、映画ラストのみんな大好き「今日がその日ではござらぬ」は抱きしめたくなるほどキュート。年下の女性に想いを寄せるしがないオジサンの恥じらいと弱気が匂い立つような愛らしさにオジ好きとして二兆点差し上げたい。

 舞台版のラストは新左衛門と優子殿はデキちゃってますねあれは。間違いない。ウッキウキのかわいいオジサン、告白シーン見せてくれ!

 

 この作品、脇を固めるキャラクターも素晴らしかった。

 TVシリーズ『心配無用之介』の主演を張る錦京太郎(英かおと)、圧がくどいスターぶりが実にチャーミングである。

「オッケーィ」の度に観客の笑いをさらっていた武者小路監督(大楠てら)、もはや無いはずの喉仏が見えるほどの男くささであった。

 斬られ仲間の三人もそれぞれにいい味を出している。優子殿に誘われた新左衛門の背中を押すためにヘタクソな急用の芝居をするところなど、不器用な男の友情にほっこりだ。

 一方で優子殿を焚きつける衣装さん(妃純凜)、床山さん(羽音みか)も良い。いい感じで新左衛門を推してくれてありがとう。

 撮影所所長・井上(佳城葵)、決して脚本上で飛び抜けて美味しい場面があるわけではないのに、出てくる度に目が釘付けである。ちょっとした仕草やイントネーションでズガンズガンと笑いの砲弾を撃ち込んでくる。そんな井上所長がスランプに陥った新左衛門のために頭を下げるシーンは染みた。

 剣心会の殺陣師・関本さん(輝月ゆうま)。初タカラヅカとしてアテンドさせてもらった編集さんが幕間で「やっぱりこういう殺陣が多い特殊な舞台は、プロの殺陣師さんがキャスティングされるんですね。舞台上の安全のためですか?」と言い出し、一体何を言っているのかと思ったら、事故防止のために本物の男性の殺陣師が入っていると思ったそうである。まあ分からんでもない、あの貫禄と佇まいは完全にナチュラルに初老の男性である。

 

 特筆すべきはフィナーレだろう。豪華絢爛・時代劇メドレーである。

 皮切りは劇中でも使われたマツケンサンバであった。能天気で楽しいサンバでキラキラのポンポンを持った生徒たちがなだれ込んできて景気のいいこと!

 だが、この曲のメインメンバーの登場に、油断していた頭を横合いからぶん殴られたような衝撃が襲った。

 西経寺の住職を演じた汝鳥怜、松平藩主を演じた夏美よう、そして住職の妻を演じた月組組長・梨花ますみである。

 この三人が並んで階段を下り、踊り、歌う。その姿に私は涙が止まらなかった。このお三方が宝塚歌劇を長年支えてきたことは、ファンなら誰もが知る事実である。だが、専科の汝鳥さん、夏美さんが本公演のショーに登場したことはついぞない。あくまで芝居のプロフェッショナルとして舞台を支えるエキスパートと私は理解していた。

 その専科のお二人を主軸に据えた演出である。時代劇と殺陣をリスペクトした作品のフィナーレ、そのトップバッターを飾るのが、宝塚歌劇を長年支えてきた専科のお二人とは。一体何という全方位リスペクトか。

 私の目からは涙が噴き出した。号泣であった。その後、銭形平次、水戸黄門、大岡越前と続くメドレーの間も私は泣きっぱなしであった。

 専科さんへの超絶リスペクトの後に奏でられる時代劇メドレーは時代劇への讃歌であり、フィナーレが丸ごと時代劇と『侍タイムスリッパー』という作品を讃えるために捧げられたのだ。その深い愛と敬意に私の涙腺は栓が吹っ飛んでしまった。

 

 そしていよいよのデュエットダンス。満を持しての必殺仕事人であった。

 

 チャラリ~。チャラリラリラリラリラ~。

 

 あのメロディーが向かい合うトップコンビに鳴り響き、場内は爆笑である。

 もちろん私も爆笑だった。号泣の後に爆笑で情緒が完全にぶっ壊れた。喝采を送ったときには顔面が涙と鼻水にまみれており、帰りはだいぶ熟年女性として困ったことになった。演出家の小柳奈穂子氏には私の醜態の責任を取っていただきたい。

 

 それにしても何という幸せなメディアミックスを見せて頂けたのか。夢見心地で帰路についた『侍タイムスリッパー』であった。

 願わくば、フィナーレに使われた時代劇の名曲がこれから先もずっと通じる世の中でありますよう。

 必殺仕事人で爆笑が湧く時代劇の文脈が永遠に続くことを心から祈る。

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