これは私がタカラヅカ沼に落ちた記録のような日記のようなものである。
伏線の男、大活躍。
ヅカ兄布教後の初タカラヅカとなったのは、月組『桜嵐記』であった。
南北朝時代、南朝が吉野へ落ち延びた頃の物語で、主人公は楠木正成の嫡男・正行。弟・正時、正儀と後村上天皇に仕えて北朝と戦って命を落とす。戦の中で出会った弁内侍と交わした淡い思いを抱いて……滅びの刹那の輝きを切り取った名作だ。
これが歴史好きな夫に刺さった。
「これはマニアックなとこ突いてきたなぁ」と大喜び。
初体験となったショーも華やかで楽しく、何より悲劇に打ちのめされていた気持ちがすっきり明るく切り替えられる効能が大きかった。
ヅカ兄の録画セットにもショー映像は入っており、映像では今ひとつ良さが分からずにいたのだが、これは生で観て初めて良さが分かった。ライブの熱気やテンションは映像に乗り切らないので、初見が映像だとポテンシャルの全てを読み取りきれないのだろう。だが、実際に観たことがあるショーの映像だと客席で観た記憶が蘇って補填され、映像の密度が増す。ライブDVDと同じ効能だ。
夫は次に宙組『シャーロック・ホームズ-The Game Is Afoot!-』のチケットを取ってきた。これも馴染みのあるシャーロック・ホームズということで堪能した。
そして運命の公演となったのが雪組『CITY HUNTER』である。
何の運命かというと、オペラグラスの導入である。夫はこの公演でついにオペラグラスを購入したのであった。
オペラグラスはヅカ兄にもぜひ買えと勧められていたが、我が家には舞台をオペラグラスで観るという習慣がなかったし、宝塚大劇場は見切れ席が存在しないと言われるほど観劇環境が良い劇場なので、後方席や二階席でも芝居のストーリーやショーの全容を観るには何の不自由も感じなかったため、私はオペラグラスの必要性を感じなかった。
だが、夫は私と違って探究心が旺盛なため、ヅカ兄の執拗なオペラグラスの勧めが私より刺さっていたらしい。観劇に適したオペラグラスをリサーチして手頃な物を購入し、『CITY HUNTER』観劇に初投入した。
『CITY HUNTER』は原作リスペクトにあふれており、ライトファンとしてはさすがに詰め込みすぎでは? と思った部分もあるが、ディープなファンほど原作愛にむせび泣く作品であった。
タカラジェンヌにこれを言わせるのかと固唾を飲んでいた原作の「もっこり」は「ハッスル」に改変されており、原作の軽妙な笑いを減衰させることなくタカラヅカの品位も守るというギリギリのバランスに膝を打った。
楽しく観劇して幕間を迎えたとき、夫が真顔でこちらを振り向いた。
「二幕、これ使ってみ!」
「いや、いいよ別に……」
「いいから! 騙されたと思って!」
あまりの熱量で勧められ、押され負けた形で二幕目のショー『Fire Fever!』からオペラグラスを使ってみた。
……そこには知らない世界が広がっていた。
美しいタカラジェンヌのお顔がどアップで迫ってくるのである。まるで目の前にいるかのように細かい表情が丹念に追えるのであった。流し目の目線の向きまでも、そして――
オペラ越しに目が!!!!!
合う!!!!!
のであった!!!!!
流し目が客席を一巡するその射線上にいると一瞬ではあるが目が合う、その一瞬をオペラグラスははっきりと受け止めることができるのであった!
これか――――――――!
ヅカ兄が、そして夫が執拗にオペラグラスを勧めてきた理由を全身全霊で納得した。
これはすごい。いっそエグい。美の艦砲射撃を能動的に浴びに行く体験である。
帰宅後すぐに自分用オペラをポチったことは言うまでもない。
このときのオペラグラス体験も『恥ずかしくて見れない』という短編になり、『物語の種』(有川ひろ/幻冬舎)という本に収録されている。ダイレクト宣伝なのでよろしくお願い申し上げ候。
前回の記事:【私を沼まで連れてって⑥】