私を沼まで連れてって②

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 これは私がタカラヅカ沼に落ちた記録のような日記のようなものである。
 前回は沼に落ちるきっかけで力尽きたので、今回こそ核心にたどり着きたい。

 

 タカラヅカに落ちるきっかけは仕事であった。
 初代担当編集者に「リモート会議で何かいい感じの話」というざっくりしたお題を頂戴した私である。
 リモート会議で何かいい感じの話といえば、①猫、②猫、③猫しかないと思うが(猫過激派の回答例である)、ネットで猫ネタはその時点で既に書いていた。

更にはネットの海にひとたび地曳き網を投げ入れたらネコチャンのいい感じのリモートネタは実話が朝市で売れるほど獲れるご時世になっていた。
 何なら動画や写真までついてくるリアルリモート猫に戦いを挑むのはいかにも分が悪い、他に何かリモートで見切れていて面白いものはないかと考えていてふと思いついた。
 タカラヅカは面白いんじゃないか。ポスターとかカレンダーとか。何かあるだろう、うっかり見切れそうなグッズが。
 よし、リモート会議で何かいい感じのタカラヅカの話にしよう。
 そうと決まったら次はタカラヅカの下調べである。こう見えてまあまあ真面目な作家なので、知らんことを知らんまま適当に書くことはしないようにしている(自分の思い込みで書いて失敗したことも何度かあるので余計にだ。自分を疑え、作家を目指している人にも目指していない人にも大事な戒めだ)。
 さて、タカラヅカといえばという人材には当てがあった。
 今はもう転職しているが、以前私の副担当編集だった男性である。私より年上なのでもう入る箱はおじさんだと思うのだが、本人はお兄さんの箱に入っていたいと駄々を捏ねているのでここでは便宜上ヅカ兄としておく。
 このヅカ兄、編集者時代からタカラヅカが好きで私にも何度となく勧めてきた人物なのだ。
 この人物にメールを投げた。

「タカラヅカを題材に短編を書こうと思う。ついてはここを押さえておけというツボをざっと教えてほしい」

 ……まあ、来たね!
 すごい文字数のメールが来たね!
 私がこれまで公開したこのコラムの総文字数を軽々と超える文字数のメールが来たね!
 まあ聞け、まず宝塚歌劇団とはそもそも……から始まって、なぜ自分がタカラヅカにハマったのか、最初に落ちたスターさんは誰だったのか、どういうところが魅力だったのか、引き続いてどういうタカラヅカ遍歴をたどったのか、今の贔屓スターは誰なのか、そのスターはどこがどのようにいいのか、各組の個性は、カラーは、ファンクラブは、宝塚スカイステージ(通称スカステ)とは、公式グッズとは、キャトルレーヴとは、宝塚アンとは、そうそう創始者の小林一三先生といえば(以下略)

 情報が……情報が多い!

 履歴によると2021年4月2日から平均3000字ほどを基準とするメールのラッシュが押し寄せ、これが2021年4月17日までほぼ毎日およそ2週間続いている。私からの返事は質問をメインに100字あるかないかなので、ヅカ兄オンステージ・ザ・Gmailである。

「まあ私に言わせればアリカワ先生は興味を持つのが遅すぎるっすね!」

 ドヤ顔が浮かぶような謎の勝利宣言をオンステージの合間にかましてきたが、共通の友人でもある初代担当に言わせると「編集者時代も周りに布教しようとしていたが、あの熱量で常に失敗していた」「みんな引く」とのことだったのでここで一発かまし返しておく。
 ぶっちゃけ私も副担当時代にいろいろ話を(一方的に)聞いた覚えはあるが、般若心経か何かのリピート再生だと思って聞き流していた。情報が過多なうえに熱量も過多、これは失敗する布教の典型なのでヅカ兄は布教の手法を考え直したほうがいい。

 これが布教だったらまたぞろ般若心経のリピート再生が始まったなと思って読み流すところだが、どっこい今度は仕事だ。人の顔を覚えないことには定評がある私だが、こう見えて作家としてはそこそこ有能なので、過剰な情報から必要な要素をピックアップするのはまあまあ上手い。
 強火の推し語りから必要な情報を拾い集め、登場する架空の男役スターはヅカ兄の推しをモデルにイメージを固め、さて書き出すに当たってはいくつかヅカ兄の推し作品を観ておいたほうがよかろうと考えた。さっきも言ったが私は割と下調べをする作家なのだ。知らぬものを題材に書かせてもらうせめてもの敬意でもある。
 また、ヅカ兄のオンステージをこれだけ浴びて作中でタカラヅカを軽率に取り扱ったら祟りがあること必定と思われたので保身もやや含まれる。
 俺はやれるだけのことはやった、そう弁明できるためのアリバイだ。

「ところで物は相談だが、いくつかこれは観ておけという作品のスカステ録画があったら貸してはもらえまいか」(※既にスカステという単語を使いこなしている)

 これに対する返事は本文ママのほうが臨場感が出ると思うので引用させてもらう。

 

おおっと!
もう~早く言ってくださいよ~!笑
もう、超送りますよ!!!
ただし、わたし、スカステを片っ端から録画していて、1カ月に1回、Blu-rayに移す大掃除をしているのですが、その焼いたBlu-rayは会社に常備しており、今、自宅のHDDレコーダーをざっと調べたところ○○○○と○○○○○○が手元にないので、月曜日、会社でダビングしてお送りします。

 

 皆さんの手元の端末で改行がいくつにわたっているかは知る由もないが、日本語としては都合4行である。
 伝わるだろうかこの4行の破壊力。
 タカラヅカファンであれば震えるというか痺れるというか、フグを食べて軽く中ったくらいの衝撃は感じてもらえると思う。
 想像してほしい、私はこの4行の衝撃が延々続くオンステージを約2週間浴び続けたのである。これがフグなら何度か死んでいる。
(なお、ヅカ兄は今自分で会社を起こしているので会社にBlu-rayコレクションを常備というのは不当な勤務先スペースの占拠ではなく、むしろ自力で構えたヅカ部屋の一画が仕事スペースという状態であることを本人の名誉のために註釈しておく)

 というところで記事の文字数もヅカ兄オンステージの1回分くらいになってきたので以下次号。

 

前回の記事:【私を沼まで連れてって①】

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