有川ひろの拝啓、タカラヅカより ~ 月組『ガイズ&ドールズ』(宝塚大劇場)を観たヨー

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名作ブロードウェイ・ミュージカルなので宝塚でも何度も再演しているし、帝劇でも上演されている。

 舞台は1948年頃のニューヨーク。ギャンブラー・スカイがギャンブル仲間のネイサンから「あの女を口説けるか」と賭けを持ちかけられる。口説く相手は救世軍のカタブツ女、サラ。挑発に乗ったスカイはサラを口説きにかかるが……というお話。

 基本このコラムはタカラヅカをお好きな人に向けたファントークなので、あらすじなどの詳細は各々方手元の便利な板や箱でググってほしい。

 私は2015年星組版を映像で観ているが、記憶としては終始賑やかで楽しい作品だった覚えがある。

 今回の月組版は、オトナ感が増している。楽しく愉快な場面はもちろん健在だが、洒脱な洋画の雰囲気が漂っている。

 

 オトナな雰囲気を醸し出しているのは、断然スカイ・マスターソンである。演じるのは月組トップスター鳳月杏。

 あのぅ、何て言うんですかね、初登場時のシルエットが既にもう反則ですよね……鳳月杏といえば東京タワーをまたげるというほど卓越したスタイルの持ち主であるが(ヅカオタ、長身足長のスターに「東京タワーまたげる」「股下5m」という形容詞使いがち)、ニューヨークの雑踏のオープニングから一転してシンと静まり返った舞台に一人スッと姿を現すそのシルエットが、もう。天才。

 洒落たスーツに中折れ帽、だが顔は深く被った中折れのツバの影である。それなのに間違いなく色男だと分からせに来る圧倒的な説得力!

 しかも女は欲しいときだけいればいいしすぐに見つかるとか言っちゃう女たらしである。この罪な色男がカタブツ美人をフェイクで口説く。すれ違いラブの期待ではち切れそうな展開だ。ゲームのつもりが本気になってこんちくしょうってアレでしょ!?

 

 ゲームのトロフィーになったサラ・ブラウン(天紫珠李)がこれまたかわいい。町なかで懸命に説法をするものの、享楽的なニューヨークっ子たちにはまるで響かず知らんぷりされてしまう。心くじかれたサラは弱気に声を震わせる。「忘れないで、友よ……(私たちはいつでも教会であなたを待っています)」その震え方が愛おしい。勝ち気で一生懸命、でも空回っては自分の不甲斐なさに落ち込む、そんな真摯な性格がこの声音だけで過不足なく伝わる。あの震える声だけでサラ・ブラウン大優勝。

 更にはスカイにデートで連れ出されたハバナでのはっちゃけっぷりが再び優勝、カクテルに酔っ払って大暴れして酒場で大げんか、調子っぱずれな声で歌い、踊り、更にはスカイに「ニャ――――!」と猫パンチを連打する。――これがあざとくならないのは何故? 天使だからか?

私の周囲からは笑い声と共に「かわ……」「きゃわ……」という無声音の呟きが泡のように弾けており、私ももちろん泡のひとつぶを構成していた。

 そりゃあスカイも好きになっちゃうよね、天使だもの!

 しかし始まりがそもそもギャンブラー同士のゲームだ、すんなりハッピーエンドになるわけがない。すれ違いラブ美味しいもぐもぐ。おかわりくださいもぐもぐ。

 

 さて、罪な賭けを吹っかけたネイサン・デトロイドは賭場を提供することを生業にしており、警察の目をかいくぐりながらサイコロゲーム(クラップ)の賭場を探して右往左往。こちらを演じるのは下級生の頃から実力派として名高い風間柚乃。ちゃらんぽらんでテケトーで、しかし妙に憎めないダメ男をチャーミングに演じ上げる。こういう男は妙に男友達に慕われる、オトナのガキ大将的な間合いがさすがのリアルさ。

 

 そんなネイサンには結婚を14年待たせている婚約者がいる。ミセスになりたいミス・アデレイドちゃん、クラブ『ホット・ボックス』の看板スターだ。

 セクシーでキュートでゴージャスなかわいこちゃん、しかも自分にメロメロ。一体何が不満で14年も結婚を据え置いているのか謎である。このネイサンとアデレイドの恋模様も本作の見どころのひとつ。

 このアデレイドが今回はWキャストだ。娘役の彩みちると男役の彩海せら。宝塚版では従来男役が演じてきたアデレイドだが、娘役とのWキャストは新鮮な試みとして楽しんだ。便宜上ここではみちるレイドとあみレイドと呼び分けたい(彩海さんのニックネームがあみちゃん)。

 

 みちるレイドは14年煮え切らないヘタレな彼氏を「いつまでグズグズしてんのよ!」とばかりに追い詰めにかかる攻めの姿勢で、少女漫画的に言うところの「おもしれー女」枠。強気で一途で自分のキュートさを微塵も疑っていないイマドキ風の逞しい女の子だ。

 あみレイドは率直に言うとオールドミス感が強い。美人でセクシーな大人気ショースターなのにあふれる年増感と行き遅れ感……!(現代としては不適切な表現かもしれないが、1948年が舞台の作品なので価値観も当時に準拠でご容赦。何しろ未婚の女性は情緒不安定というナンバーがあるくらいだ、まあまあヒドイ)。

自分の魅力が恋人のネイサンにだけは通用していないのじゃないかと不安に思っているかのようないじけっぷりが愛おしい。気のせいかネイサンもあみレイドに対してはちょっと余裕めいて見える。みちるレイドには「やだやだ捨てないで」、あみレイドには「でも何だかんだ言って俺のこと好きだろ?」というイメージだ。一粒で二度美味しい恋愛シミュレーションゲームのごとし。

 14年目の婚約者たちの行く末はいかに、というのもこの作品の見どころ。

 

 ギャンブラー仲間もいい味を出している。ネイサンの悪友、ナイスリー・ジョンソン。身長178cmのクールビューティーな美丈夫、礼華はるが演じる。クールな美貌を裏切る「アホの子」キャラが近年ビシバシ嵌まっている男役だが、今回もいーいアホの子でした。クールな見かけとの落差が利いている。

 ベニー・サウスストリートを演じる夢奈瑠音、やはりネイサンの愉快な仲間たちとしてナイスリーと大体コンビで動いているが、愉快という属性が一緒なのに二人揃うと明確に何かが違う、キャラ立ての違え方の妙だと思う。

 賭場の困った客人ビッグ・ジュール(英かおと)、無法な荒くれ者という役どころで、マッチョで強面になりがちなためか星組版ではお気に入りのぬいぐるみを手放さないなどのかわいらしさを演出されていたが、今回はそうした小道具は一切なし。身一つで話が通じなくて面倒くさい、しかし妙にチャーミングなので困ってしまうアウトローを演じ上げていた。

 このビッグ・ジュールとコンビで動いているハリー・ザ・ホースを演じるのは柊木絢斗、私はこの方を初めて認識したのは『今夜、ロマンス劇場で』のハトの役だったのだが、「くるっくー」しか喋れないキャラだったのに今作では第一声からドスの利いた太い声で恫喝台詞をぶちかまし、「あのハトさんが……! 人間の言葉を覚えた……!」と感慨深かった(※それまでの作品でもちゃんと人間の言葉を喋っています)。

 賭場を取り締まる強面警部のブラニガンを演じるのは安定の佳城葵、この人のコメディ芝居は古き良き洋画の風合いがある。大塚明夫とかが吹替をする渋い小粋なおっさん系。

 ヒロイン以外の娘役の役どころが少ないのは残念だが、下級生に至るまで芝居心が利いていて舞台の厚みを増してくれている。

 

 何度観ても美味しく楽しいハッピーミュージカルだが、個人的に一つだけ物足りない。

 スカイが盛大にサラにデレるはずの場面を見せてもらえないのだ。原作にない場面を作るわけには行かないのだろうから仕方がないが、「女は欲しいときだけいればいい」とか吹いていたスカイがデレるところをぜひ観たかった……!

 私は小説家なので、その隙間は存分に脳内二次創作で楽しみたいと思う。スカイめ、私の脳内でデレデレにデレさせてやるからな。覚悟しろ。

(小説家・有川ひろ)

 

プロフィール

 有川ひろ 高知県生まれ。2004年『塩の街 wish on my precious』で「電撃小説大賞」を受賞しデビュー。同作と『空の中』『海の底』の「自衛隊三部作」、「図書館戦争シリーズ」、「三匹のおっさん」シリーズをはじめ、『阪急電車』『植物図鑑』『県庁おもてなし課』『空飛ぶ広報室』『旅猫リポート』など著書多数。2019年に「有川浩」より「有川ひろ」に改名。最新作『クロエとオオエ』は神戸のジュエリーショップがモデル 宝塚歌劇の大ファンでも知られる。

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